追従による質問

『質的研究のための「インター・ビュー」』の91ページに、インタビューにおける質問の種類がまとめてある。訳書ではその2つ目、follow-up questionsが「掘り下げのための質問」と訳されているが、これは「追従による質問」と訳した方がいいと思う。

follow-up questionsは直接的な問いかけをするのとは別にインタビュアーが話の内容について好奇心や粘り強さを示してさらなる説明を促すものだとされ、以下の例が挙げられている。

  • 軽いうなずき
  • 相槌
  • ちょっとした間
  • 重要な語句の復唱

これらはインタビュアーが会話の順番を取ることなく会話を促進するバックチャネリングである。インタビュイーが発話順番を持ち続けることを促し、自分は聞き役に徹するという意味で follow-up〈付いていく〉という言葉が充てられているのだと思う。

「掘り下げのための質問」と言うと、あるエピソードの話を受けて「その時何を考えていたのですか?」や「具体的に何をしたんですか?」と尋ねるようなことを指すだろう。これはむしろ別の種類の質問として挙がっている「特定化のための質問」に近い。

 

質的データ分析と総称文

言語に関する勉強ノート。正しいかは分からない。

 

自分のアマオケ調査で得られた分析結果の一つは以下の文で表される。

  • マチュアオーケストラ団員は所属楽団を移籍することでそれまでとは違う音楽性に触れ興味を深める。

これは量化を含まない文であり、総称文だと考えられる。総称文の特徴は例外を許す点にある(飯田 2019)。所属楽団を移籍しても興味を深めなかった楽団員や、所属楽団を移籍して興味を深めたがそれは違う音楽性に触れたためではなかった楽団員がいたとしても、この文は真である。

どんな量の例外が許されるかは文によって異なる。

  • 象は鼻が長い。→ 怪我をした象などごく一部が例外として許される
  • 蚊はデング熱を媒介する。→ 大多数の蚊が例外として許される

このため総称文は量を含意しているように見えるが、含意する量が曖昧である。

 

次のようなことを考えた。

質的データ分析の結論として得られるのは総称文ではないか

実際に自分が書いてきた論文ではそうなっている。もちろん、総称文を使わずに量化を含む文を書くこともできる。例えば存在量化をして、以下のように書くこともできる。

  • 所属楽団を移籍することでそれまでとは違う音楽性に触れ興味を深めるアマチュアオーケストラ団員が存在する。

あるいは調査を直接反映した量化子を使うこともできる。

  • 所属楽団を移籍することでそれまでとは違う音楽性に触れ興味を深めるアマチュアオーケストラ団員が3人存在した。

総称文において量の含意が曖昧なことを問題視する立場からは、このように明示的に量化した文を書くことが推奨されている(和泉 2018)。

ただ、質的データ分析を行う研究者は、そもそも量を表したいわけではないと思われる。彼らにとって関心があるのは、「所属楽団を移籍することでそれまでとは違う音楽性に触れ興味を深める」というプロセスを発見することであり、それが「少なくとも一事例存在する」のか「ほとんどの事例で該当する」のかは未知のままに留めている。そのため、量の含意が曖昧だが現象の特徴を表せる総称文を、分析結果として書くことになるのだと思った。

個人的には存在量化をしてもいいと感じるが、存在量化をした途端に、「一事例存在していたからといってだから何なんだ」という small n をめぐる批判と防衛(Small 2009)に巻き込まれてしまうので、わざわざ量化したくないという気持ちも分かる。一方で総称文の意味論は発展途上にあるらしいので、総称文を用いることで質的データ分析がもたらす知見の性質がよく分からないという爆弾を抱え込むことにもなる。

 

上で書いたことが正しいのか確信が持てないけれども、自分としては質的研究の難しさが一つ捉えやすくなったような気がする。

 

参考文献

和泉悠 (2018) 総称文とセクシャルハラスメント. 哲学, 2018(69), 32–43. https://doi.org/10.11439/philosophy.2018.32

Small, M. L. (2009). `How many cases do I need?’: On science and the logic of case selection in field-based research. Ethnography, 10(1), 5–38. https://doi.org/10.1177/1466138108099586

CAQDASの値段

MAXQDAの最新バージョン(24)では買い切りライセンスがなくなりサブスクリプションのみとなった。ということは継続的なアップグレードで価値を出すことを会社としても表明したことになるが、果たしてCAQDASにおいてそのような機能上の革新が今後も起こりうるのか気になるところである。今回に限って言えばAIの統合という目玉機能があるわけだが、それに匹敵するものを出し続けないと、ただの継続的料金徴収システムになってユーザー満足度は下がるだろう。

冬学期に質的社会調査法の授業を担当することもあって、最近は「学生にも使えるのか」という視点で考えることも多い。自分はありがたいことに修士の時は研究室のライセンスを使わせてもらったが、学部生向けの授業で有償ソフトウェアの利用を前提にするわけにもいかない。授業用ライセンスや体験版という選択肢はもちろんあるけれども、持続性に欠けるのであまり手を出したくない。

www.lightstone.co.jp

改めて現状のCAQDASの値段を整理しておく。

  • MAQDA:学生6ヵ月で52ドル
  • NVIVO:学生12ヵ月で118ドル
  • ATLAS.ti:学生6ヵ月で59ドル

無料であったとしても「とりあえずやってみよう」をCAQDASでやるのはなかなか難しい。一番着手しやすいのはアカウントを作りさえすれば使えるTaguetteを使って、コーディングと事例比較を体験してみることだろうか。

Welcome | Taguette

MAXQDAにおけるコードシステムの階層性の操作はアウトライナーで代用できるので、例えばDynalistとTaguetteを組み合わせてみれば、紙と付箋ではできないCAQDASならではの体験をしてもらえるかもしれない。

CAQDASとサボテン🌵

無料で使える質的データ分析ソフトウェアの解説動画を見ていたところ、スライドでサボテンの絵文字が使われていた🌵

CAQDAS webinar 016 Open Tools for Qualitative Analysis - YouTube

これはComputer Assisted Qualitative Data Analysis Software(コンピュータ支援による質的データ分析ソフトウェア)のアクロニムがCAQDASであることに由来すると思われる。サボテンは英語でCACTUSである。

動画中でもCAQDASは「カクダス」と読まれていて、YouTubeの自動書き起こしではcactusとなっていた。

質的データ分析ギーク感を出したい人はサボテンを随所で使うといいかもしれない🌵

GoProで長時間撮影は厳しい

GoProを電源につないで長時間(1時間半以上)撮影すると、途中で撮影ランプが点灯しなくなる現象が起きていた。熱暴走が原因だと思われる。これまではそうなっていても撮影はできており、ただファイルのタイムスタンプがおかしくなるだけで済んでいた。

だが、今日のまれびとプロジェクトの撮影は2時間半に及んだためか、電源を押したところ以下の表示が現れた。

その結果、残されたファイルは48分だけだった。ICレコーダーでも同時に収録していたため全くデータが残らないわけではなかったが、失敗事例となった。

cybersocean.net

やはりそもそもアクションカメラに長時間撮影させること自体用途からは外れているので、実践の記録目的で使うにはリスクが伴う。

一方で、GoProの小ささはユースクラブのような施設で撮影する場合、現場への侵襲性が低いので魅力的でもある。アクションカメラ用途ができなくてもいいからハンディカムよりも小さく、かつ長時間撮影に強いカメラがあればいいのだが、そのようなものはあるのか。調べる必要がある。

GoProを使う場合の対策として、電源を供給する時はバッテリーを外すというものがあるようだ。これも試したい。

d-showgun.com

なぜ長音を転記するために「:」を使うのか

会話分析で用いるトランスクリプションではジェファーソンシステムがよく使われる。

www.meijigakuin.ac.jp

この記法では、長音(音の引き伸ばし)はコロン(:)で表される。例えば、城ほか(2015: 78)では以下の用例が見られる。

SC02 : こんなでっかい天文台知ってます : ? (.) これ:

個人的には、日本語には長音符(ー)があるのに、なぜコロン(:)を使うのか疑問だった。会話分析に馴染みのある人はそのようなトランスクリプトを見ても音声をイメージできるだろうが、一般の人が読んでも直感的に分からないのはどうなんだろう、と思っていた。

SC02 : こんなでっかい天文台知ってますー? (.) これー

の方が直感的に理解できるはずだ。

そう思って少し調べていたところ、臼田ほか(2018: 182)に、国立国語研究所「日本語日常会話コーパス」の転記方法が記載されていた。このコーパスはジェファーソンシステムに従ってはいないが、長音の転記にはやはりコロン(:)を使っている。

ただし、その説明は「非語彙的な母音の引き延ばし」とされている。以下のような使用例が示されている。

すご : い,デー : タ

「データ」という単語にはそもそも長音が含まれている。辞書で調べても「データ」と記載されている。それに対して、「すごーい」は辞書には載っていない。語彙としては「すごい」であり、それが引き延ばされている。ーと : を使い分けることで、こうしたことが表現可能になる。

こう考えると、長音の転記に : を使うのも合理的な理由があるのだと納得できる。

References

城綾実・坊農真弓・高梨克也 (2015) 科学館における「対話」の構築: 相互行為分析から見た「知ってる?」の使用. 認知科学, 22(1), 69–83. 

臼田泰如・川端良子・西川賢哉・石本祐一・小磯花絵. (2018). 『日本語日常会話コーパス』における転記の基準と作成手法. 国立国語研究所論集, 15, 177–193.

便利なことに気づいたMAXQDAの機能

卓球コーチのインタビューデータを主題分析するために、久々にちゃんとMAXQDAを使った(アマチュア写真家調査以来)。今回は Kuchartz & Rädiker (2020) を参照したので、使い道が分かっていなかった機能の便利さに気づくことが多かった。

1.文字起こしモード

使う場面:データセットの作成。

文字起こしはMAXQDA上でやった方がいい。再生速度を変えたり数秒巻き戻して再生してくれたりする機能はOkoshiyasu2などにもあるが、MAXQDAの文字起こしモードを使うと以下のことができる。

  • 話者の自働補完:一々話者の名前を書かなくてもよい。
  • タイムスタンプの付与:後で該当箇所の音声をすぐに聞き返せる。文字には起こせていなかった語りのニュアンスに立ち返りやすい。
  • 文字起こししながらコーディング

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2.文書ブラウザに表示するコードの色選択

使う場面:常に。特に初期のコーディングから体系的なコーディングに以降する際。

色んなコードを文書に付与していくと文書ブラウザがごちゃごちゃして見にくい!だからインビボコーディングみたいな、むやみやたらにコードが増える作業はしたくない!と思ってきたが、そんなことは全くなかった。文書ブラウザに表示するコードの色は選択できる。なので、初期のコーディングは青色でやって、体系的にまとめなおした後のコーディングは緑色でやる、というふうに色分けしておけば、異なるタイプのコードが混在して見にくいということはならない。

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3.クリエイティブコーディング

使う場面:コーディング。

インビボコードをたくさん付与することに抵抗がなくなると、クリエイティブコーディングが大変便利な機能であることも分かった。要するにこの機能は、コードの階層関係を図で整理すると、そのままコードシステムに反映してくれるというものである。大量のコードをKJ法的に並び替えるなどして、直感的に作業しやすい。コードシステム上で作業しなくて良かったんだ…。

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4.文書セット

使う場面:主題の発見。

文書をアクティブ化する時に「高業績コーチだけアクティブにしたい」といった場合がある。コードマトリックス・ブラウザでパターンを確認したい時などである。

そのためのやり方として、文書そのものをグループ(フォルダ)に分けておくやり方もある。ただし、それだと別のやり方でグルーピングし直すのが面倒である。例えば「高業績コーチ」「一般コーチ」フォルダに分けてしまうと、「高業績・一般を問わず中途入社コーチだけアクティブにする」といった操作がしづらくなる。

文書セットはそれを可能にする機能で、文書システム上のフォルダ構成とは別に、任意のグループ(セット)を作ることができる。新卒/中途入社の二値を取る文書変数などをあらかじめ用意しておけば、それをもとにしたグループも作れる。

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